2012年04月26日
「都忘れ」だけど
亡き母は、実家の庭を愛していました
しばしば、在米中の私に
庭ではどんな花が咲いているかと
手紙を送ってきました。
今年も母が植えた
「都忘れ」が咲きました。

承久の乱(1221年)で、
佐渡へ島流しとなった順徳天皇が
この花の美しさのあまり、
都を忘れることができるであろうと言い
「都忘れ」と 呼んだと言う説もあるそうです。
ミヤコワスレ
花言葉は、「しばしの別れ」「また会う日まで」
私には、この花は「忘れ」ではなく
「思い出」の花で、花が風に揺れると、
母の笑い声を思い出します。

しばしば、在米中の私に
庭ではどんな花が咲いているかと
手紙を送ってきました。
今年も母が植えた
「都忘れ」が咲きました。
承久の乱(1221年)で、
佐渡へ島流しとなった順徳天皇が
この花の美しさのあまり、
都を忘れることができるであろうと言い
「都忘れ」と 呼んだと言う説もあるそうです。
ミヤコワスレ
花言葉は、「しばしの別れ」「また会う日まで」
私には、この花は「忘れ」ではなく
「思い出」の花で、花が風に揺れると、
母の笑い声を思い出します。
Posted by シダユミ at 09:08│Comments(2)
│私ごと
この記事へのコメント
ミヤコワスレ 可憐な花だね♪
文章読んでたら涙が出てきたよ。(T_T)
文章読んでたら涙が出てきたよ。(T_T)
Posted by ケイチャン
at 2012年04月26日 09:42

ケイチャン
ありがとう。。。
順徳天皇はミヤコワスレで愛する都をも
忘れられたようですが。。。
私はミヤコワスレで愛する母を
思い出し、少々せつなくなります。
ありがとう。。。
順徳天皇はミヤコワスレで愛する都をも
忘れられたようですが。。。
私はミヤコワスレで愛する母を
思い出し、少々せつなくなります。
Posted by シダユミ
at 2012年04月26日 14:03
