2011年09月06日
静岡県外の方へ
英語教室のシダユミです。
静岡の人はよ~く知ってる「うす茶糖」

県外の方もご存じですか?
あまりにも普通で何とも思わなかったのですが、
ケンミンショーでもやったそうです

最近では「抹茶オーレ」が主流ですが、
昔は抹茶オーレなんて、おしゃれな飲み物はなく、
この「うす茶糖」でした
子どもは大好きです
ホットでも、コールドでも、ミルクで割れば抹茶オーレ

静岡の人はよ~く知ってる「うす茶糖」
県外の方もご存じですか?
あまりにも普通で何とも思わなかったのですが、
ケンミンショーでもやったそうです


最近では「抹茶オーレ」が主流ですが、
昔は抹茶オーレなんて、おしゃれな飲み物はなく、
この「うす茶糖」でした

子どもは大好きです

ホットでも、コールドでも、ミルクで割れば抹茶オーレ
2011年09月06日
誇れる日本人ここにも!
英語教室のシダユミです。
中学3年生の英語の教科書「TOTAL ENGLISH」で初めて知った西岡京治の事。
中国とインドの中間にあるとても標高の高いブータンという国で、
農業で偉大な貢献をした西岡京治さん。
西岡さんは1964年ブータンへ行き、現地の言葉を学び
非常に多くの困難を乗り越え、、
この国を貧しさから救いました。
国王から「ダショー」(最高の人)という
称号を与えられ、1992年ブータンで亡くなりました。
国葬が行われ、悲しみの参列者の列はどこまでもどこまでも続いたそうです。

ダショー西岡のお墓は
豊かになったブータンの農地を見下ろせる
丘の上に建っていまです。
その後、
G4組決議でブータンは日本が国連安保理常任理事国
になることを応援してくれました。
国連人権委員会で日本がやり玉にあげられた時も
ブータンは日本をかばってくれました。
たがいに大使も持たず、貿易相手としても重要ではなく、
それほど見返りがあるわけでもないのに、
ブータンは国際的な決議、選挙の時は、
必ず味方をしてくれる。(国旗の重みより)
そこには、ダショー西岡が私たちに残してくれた
ブータンと日本の架け橋があるからでしょう。
中学3年生の英語の教科書「TOTAL ENGLISH」で初めて知った西岡京治の事。
中国とインドの中間にあるとても標高の高いブータンという国で、
農業で偉大な貢献をした西岡京治さん。
西岡さんは1964年ブータンへ行き、現地の言葉を学び
非常に多くの困難を乗り越え、、
この国を貧しさから救いました。
国王から「ダショー」(最高の人)という
称号を与えられ、1992年ブータンで亡くなりました。
国葬が行われ、悲しみの参列者の列はどこまでもどこまでも続いたそうです。

ダショー西岡のお墓は
豊かになったブータンの農地を見下ろせる
丘の上に建っていまです。
その後、
G4組決議でブータンは日本が国連安保理常任理事国
になることを応援してくれました。
国連人権委員会で日本がやり玉にあげられた時も
ブータンは日本をかばってくれました。
たがいに大使も持たず、貿易相手としても重要ではなく、
それほど見返りがあるわけでもないのに、
ブータンは国際的な決議、選挙の時は、
必ず味方をしてくれる。(国旗の重みより)
そこには、ダショー西岡が私たちに残してくれた
ブータンと日本の架け橋があるからでしょう。